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西城秀樹さんを襲った脳梗塞

西城秀樹さんを襲った脳梗塞
西城秀樹さんを襲った脳梗塞2018年5月16日に、63歳の若さで亡くなった西城秀樹さんは、2003年と2011年の2回、脳梗塞に見舞われながらも、粘り強くリハビリを行っていました。西城さんは文藝春秋2016年12月号で、最初の脳梗塞の状況を次のように語っています。

最初に発作を起こしたのは、2003年6月。ディナーショーのために訪れていた韓国・済州島でのことです。猛烈にだるくて眠くて、翌朝目が覚めたら左の頬が右より下がっていました。ろれつも回りません。東京の慶應病院に勤める知り合いの医師に電話で相談したら、「脳梗塞の疑いがありますね」。仕事を終えて翌日、急いで帰国して病院へ行くと、そのまま入院。「ラクナ梗塞」という病名を告げられました。脳内の細い血管が動脈硬化などで狭くなって血液の流れが悪くなる、脳血栓症の一つだそうです。
そのときまでぼくは、最高に健康な男だと過信していました。若いころからワインを毎晩2本、タバコを1日4箱という生活でしたが、46歳で結婚してから食生活に気を配るようになっていました。181センチ、68キロの体型を維持するため、ジムに通ってトレーニングも欠かしませんでした。しかし倒れる前は、3週間で5キロの無茶なダイエット。運動中もそのあとのサウナでも、水分補給をしないほうが効果があると勘違いもしていた。そんなことが、血流を滞らせる原因になったんですね。

運動機能の後遺症は軽かったのですが、倒れた直後は、何かやろうとするたびに 「こんなこともできないのか」 と気づくショックがありました。脳梗塞という病気について知識がなく、症状も知らなかったからです。何より問題だったのは、脳内の言語を司る神経が塞がれたために「構音障害」という後遺症で言葉が出にくく、上手くしゃべることができなくなったこと。「水」 という言葉が、思い浮かばないんです。「歌手を引退しようか」と弱音を吐きました。思い直させてくれたのは、妻が言ってくれた、「ゆっくり時間をかけて病気になったんだから、ゆっくり歩いて治していこうよ」 という言葉です。専門の先生について口腔機能療法というリハビリを行い、あごの筋トレや舌のストレッチ、風船を膨らませるといった訓練のおかげで、歌を取り戻すことができました。

脳梗塞の治療は、時間との闘いです。受診を迷ったときは、日経Goodayに紹介されていた下表のチェックポイントを参考にして下さい。


西城秀樹さんを襲った脳梗塞

配信 Willmake143